これは過去ではなく、未来のための
「セル画」プロジェクト

HISAKO SASAKI
佐々木 尚子
セル画ラボ代表 / Wish創業者
セル画時代から45年に渡り、日本のアニメ制作の最前線に携わってきた。セル画の仕上げ、色指定、制作管理とキャリアを重ね、作画・仕上げの専門会社である「Wish」を設立。『ガンダム』シリーズを始め、代表作は数えきれない。

45年ほど前、私はセル画と出会いました。セルに色を塗るという仕事に不思議な魅力を感じて飛び込んだアニメの世界。セル画の仕上げ、色指定、制作管理と経験を積み、そしてついには独立して作画・仕上げの専門会社として「ウィッシュ」を立ち上げ、100名以上のスタッフとともに数えきれないほどのアニメ制作に携わってきました。

2003年の完全デジタル化によって、アニメ制作の工程からセル画は姿を消しました。一度なくなってしまえば、復活させることはかなり難しいだろうということはわかっていたので、何とか1作品だけでもセル画でアニメをつくり続けられないかといろいろな方に相談しました。でも、デジタル化の大きなメリットの前にその願いは叶わず…。保管し続けることもできないので、セルシートも、400色を切らすことなく備え続けてきたセル画の命の絵具も、すべて捨てるしか道はありませんでした。

絵具問題との戦い。ならば経験者の力を集めて、クリエイティブすることを楽しめばいい。

そして20年が経ち、セル画はこのままなくなってしまうだけだと思っていました。今回、「セル画を復活させられないか?」という話が出てきた時も、道具も何もないのに今さらもう無理だよと本気にはしていませんでした。だけど、「セルはあります。絵具も10色だけならあるんです」と聞き、もしかしたらできるかもしれない…という思いが芽生えてきて。試しに1枚、セル画を塗ってみました。3~4色だけ使って、サムライの画を。そしたら、それなりに形になった。100%無理ではない、何とかする方法を探してみよう!やってみよう!と思うようになったんです。

一番の課題は、絵具の色数が足りないこと。絵具を混ぜ合わせて自分たちで色をつくっていこうという考えに至り、それができる「セル画時代からのアニメの色の専門家」としてかいけいこさんに声をかけました。私が最初にブラック系の色づくりをはじめて、かいさんにはホワイト系をお願いして、すごく地道な実験を繰り返しながら少しずつ少しずつ前に進んでいます。ただ、絵具の壁は想像以上に高くて、課題もたくさんありますが、きっとできるようになると私たちは希望を感じています。「この絵具の配合は失敗だね…」というサンプルが増えていくことも、セル画復活のためにチャレンジして1歩ずつ前に進んでいる証。

昔の古いセル画を修復するにはどうすればいいのか。その方法を見つけるのも大事な任務です。でもただ復刻させるだけじゃなく、新しい手法も考えながらいろいろな試行錯誤を重ねています。当時の技術を持っている職人から技術を受け継いで若い方を育てることも、このプロジェクトだからこそやれる新しいことも、挑戦してみたいことが毎日たくさんあります。セル画で塗ってみるものは、アニメだけじゃなくてもいいかもしれないな、なんてことも考えています。「セル画復活」という言葉よりも、もうちょっと幅が広がるおもしろいプロジェクトになっていきそうです。

きっと限界もある。だけど、どこまでできるか挑戦することには意味がある。

このセル画ラボの大プロジェクトを実行すると決める前、私はもうアニメを卒業しようと思っていました。引継ぐことは全部、みんなに引継いだ!と。でもこの話が起こった時に、「私にはまだ引継ぐものが残ってる」と思ったんです。セル画には、それだけの価値がある。何とかして残したいと思いながらも封印した20年前の気持ちを思い出しました。

年齢的にも、もう今が最後のチャンスです。大変な取り組みであることは百も承知。でも、いろいろな経験があるからこそわかることを私たちが活かさなければ、セル画の復活はもっともっと難しくなってしまう。 今ある材料や道具でやれることには、限界があるでしょう。でもその中で、どこまでできるか挑戦するということは、やって意味のあることだと思っています。だから最後にもうひと仕事。アニメやセル画の未来のために、責任を果たしていきたいと思います。