「セル画ラボ」が目指す、
セル画だけにとどまらない挑戦

YOSHIKI ITO
伊藤 良樹
セル画ラボ副代表 / Wish代表取締役
セル画からデジタル化への移行期にアニメ制作におけるキャリアをスタートし、セル画が失われるべきものではないことを痛感してきた。セル画の仕上げ・検査、制作管理などを経て、現在はWishのCEOとして日本のアニメ制作現場を広く支える一人である。

アニメ制作の現場から、セル画が姿を消して20年。デジタル化によって作業効率は大幅に上がったというメリットもありながら、アニメをつくる私たち現場の人間にとっては忘れることのできない大切なものが欠けてしまったような寂しさもありました。1つのアニメ作品ができるまでにはたくさんの工程があり、それぞれに様々なスペシャリストがいて、責任と誇りを持って自分の仕事に全力を尽くし、職種を超え、会社を超え、何百人ものみんなでバトンを繋いでアニメになる。セル画はその工程の終盤の1つだけれど、だからこそ、データではなくモノとして「確かにここに存在している」という重みがあったんです。

もうそんな経験はできないと思っていましたが、「セル画を復活させたい」という今回のセル画ラボのお話をいただいて、この機会は絶対に逃してはいけないと思いました。実はその数年前に、他のアニメ制作会社さんから「倉庫に保管しているセル画の修復をお願いできる人はいませんか」と相談を受けたことがあったんです。倉庫の中に眠り続けていた大量の「セル画の山」を目の当たりにして、言葉を失いました。これをこのまま放っておくわけにはいかない。しっかりきれいに修復して残していけるような環境を、やはり整えていかないといけない。みんなどこかでそういう気持ちがあるのに、保管場所も含めて課題がたくさんあるから実現できずにいる。だから誰かが、その1歩を踏み出すべきだと思いました。

しかしながら、実際にセル画ラボの活動をスタートするまでに1年がかかってしまいました。やるぞと言っても、もうセル画の材料も道具もない。まずはこの問題に立ち向かう道筋を見つけるところから私たちの挑戦は始まりました。そして、人の問題。デジタル化してから20年も経っているため、現場に残っているセル画経験者の数も少なく、どんなに若い方でも50代前後、ベテランならそれ以上ということもあり、そうしたタイミング的にも今始めなければもっと難しくなっていくでしょう。

幸い、私たちウィッシュという会社の中には10数名の経験者がいて、他にもアニメの作画部門や仕上げ部門に100名を超えるクリエイターがいます。ウィッシュは、日本アニメの作画・動画・仕上げの工程を専門とする国内でも大所帯の制作会社で、会社の系列に関わらず常時50~60タイトルほどの作品制作に幅広く携わっています。こうしたアニメ制作のプロが集まるスタジオとしてがっつりと「セル画復活プロジェクト」に取り組めるというのは、環境的にも力を発揮できるのではないかと思います。

職人の技術や、アニメの文化、セル画単体でも感じられる作品としての魅力など、「セル画」という昔のいいものを残していくことにも大きな意義がありますが、今までになかったセル画の新たな可能性を開拓していくことにもチャレンジしていきたいと考えています。それをどう世の中に広げていくかというのはこれからの重要な課題です。制作会社さんや関連業界の皆さんにもご協力をいただき、みんなで大きな力にしていけたらと思っています。また、セル画ラボでの様々な活動を通じて、日本のアニメ業界の未来を担う幅広いクリエイターの育成の場や、制作会社やクリエイターが情熱を持って作品づくりを続けられるための環境づくりにおいても貢献していけるよう、この大きな挑戦を成し遂げていきたいと思います。