セル画の「背景」も、紙描きならではの
おもしろさを届けたい

MASATOSHI KAI
甲斐 政俊
美術背景 / クリエイター
質感やリアリティの表現を追求し、自然物からメカまで幅広く壮大な作品背景を描く職人。代表作は、『Howl’s Moving Castle』『Innocence』(Background)、劇場版『機動戦士Zガンダム』(Art Director)など。

アニメの背景は、物語の「舞台」です。背景の上でキャラクターが思いっきり動き、それを見て楽しんでもらえるように、目に見えないような細かいところまでこだわって描かれています。その理由は、作品の世界をどれだけ広げられるかも、キャラクターをどのように生かすことができるかも、背景のできによって左右されるからです。背景は作品の世界観をつくる大もとで、アニメーションの極みの1つとも言えます。

今はCGで描かれることがほとんどですが、かつては背景も筆で手描きされていました。部屋の中も、街も、自然も、SF作品のメカや宇宙も、すべて。テレビシリーズで、1話あたり約350カット。劇場版なら、約1500カット。これをすべて手描きで、チームを組んで描き出していたんです。1カットはたった2~3秒しか映らないのに、それを描くのにみんなで何日もかけて。たった数秒のためにそこまでやるか!というくらい緻密に描き込んで、それがしっかり画面上のクオリティの差として現れるからおもしろいんです。

でも、アニメ制作のデジタル化が始まった時、背景は真っ先にデジタルへ移行してしまいました。初めの頃は、紙に描いたものをスキャンしてデータ化し、上からどんどん足していけるようになり、作業効率も良くなって表現としてもできることが増えたので、また違ったおもしろさがあるなと感じていました。今ではソフトのバージョンアップによってさらに可能性が広がり、すべてCGで描くことが主流になっています。

ただ、どれほどソフトが進化しても、手描きには勝てないこともたくさんあります。手描き時代には、筆と肉眼で「1ミリの間に何本線が引けるか」というような鍛錬を積み、作品の舞台に説得力のある臨場感を生み出していたんです。そして、絵具にしか出せない色味や、滲み、筆のタッチ。それらがもたらす表情は、やはり手描きならではの素晴らしさでした。だから背景の仕事が、紙描きから完全にデジタルになってしまったのは残念なことでもありました。そしてセル画もなくなって、これで本当に「手元に残るもの」がなくなってしまったんだなと思っていました。

今回のセル画ラボのプロジェクトでは、セル画をのせる「背景」も、当時のように紙描きのものを復活させていこうとしています。「せっかくみんなすごい技術を持っていたのに、それをなくすのはもったいないな…」という気持ちもあったので、この取り組みをとても嬉しく思います。

「セル画」も「紙描き背景」も、ロストテクノロジーを復活させるなんて絶対におもしろい!そこに新しい技術も加えながら、みんなでどんな作品を生み出していけるか私も楽しみです。